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屋外の「うなり」と室内の「響き」:塩川 博義 教授

カテゴリ :
教員コラム
更新日時 :
2011年11月30日

ここ数年夏に、「音響解析を用いたインドネシア・バリ島のガムランの変遷」という研究テーマで、インドネシア・バリ島へ調査に訪れている。今年は、インドネシア国立芸術大学デンパサール校の教員との共同研究としたためか、現地の新聞4社にこの研究が取り上げられ、掲載された(写真)。

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ガムランとは、インドネシア、マレーシアを中心に発達した伝統的な合奏音楽である。インドネシアのバリ島は、神々と芸能の島として知られている。バリ島の人々にとって、ガムランは生活の一部であり、日常の音風景すなわちサウンドスケープには欠かせないものである。ゆえに、その音響的構造を知ることは、バリ島の人々の音に対する好みや音の文化に対する考え方を知るためのひとつの要素と成り得る。
バリ島のガムランには、儀礼や舞踊の種類などによりさまざまな楽器あるいは楽器編成が存在する。基本的に、いずれも屋外で演奏され、大きな特徴として、鍵盤楽器は2台が一組を成しており、それらの対の鍵盤が音の高さをお互いに少しずらして「うなり」が生じるように調律されている。
「うなり」は物理現象である。周波数が異なる2つの音が同時に鳴ったときに、その周波数差が小さいと「うなり」が生じる。一般的に周波数差が20Hz以下で「うなり」は生じるといわれ、それ以上離れると二つの音は分離して聴こえる。また、「うなり」は、1秒間にその周波数差だけ生じる。これを「うなり周波数」という。たとえば、440Hzと446Hzが同時に鳴った場合、その周波数差6Hzがうなり周波数で、そのとき、われわれの耳には1秒間に6回の「うなり」が聴こえるのである。それも、受音点におけるふたつの音の位相差にかかわらず、合成されたふたつの波の最大振幅を1秒間に6回聴くことになる。これは、ガムランが基本的に演奏される屋外のような自由音場(ホールなど室内空間のように壁や天井がないので、響かなく、音も小さい音場。実際は木々や寺院の壁、また、練習場のバンジャールなどでは屋根があるので、何も反射するものがないところより音は響き、大きくなる。)であれば、どの受音点においても平等に音のエネルギーが届くことを意味している。
下図は324.5Hzと318.5Hzの基本周波数を持つガムランの鍵盤をそれぞれ鳴らした場合と同時に鳴らした場合の時系列波形である。一番下の同時に鳴らした時系列波形の図にうなり周波数6Hzのきれいな「うなり」の波形が表れている。このように考えると、ガムランは合理的に屋外の音の伝搬を考慮した音楽であると考えることができる。

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左図:基本周波数が324.5Hzの鍵盤における時系列波形
中図:基本周波数が318.5Hzの鍵盤における時系列波形
右図:基本周波数が324.5Hzおよび318.5Hzの鍵盤を同時に鳴らしたときにおける時系列波形

そもそも「うなり」は、西洋のクラシック音楽ではタブーとされてきた。すなわち、「うなり」が生じることは調律が狂っている、または、不協和音として捉えられる。逆に言えば、クラシック音楽の演奏者は、この「うなり」を聴いてチューニングを行うのである。クラシック音楽は古楽からの流れからみると、もともとは教会音楽と貴族の室内楽(サロン音楽)である。どちらも、石や木で造られた建物内における壁や天井などから来る豊富な反射音で作られる残響が美しく響くように作られた音楽であり、そして、さらに美しく響かせるために和音、すなわち、協和音が発見されたのである。(この発見は不協和音の発見でもある。)ここでは、もちろん「うなり」は厳禁である。このような音場を音響学的に拡散音場といい(実際は完全な拡散音場ではない)、この拡散音場が仮定できれば、残響時間が測定できる。すなわち、クラシック専用コンサートホールの設計において、この残響時間が重要な音響パラメータである所以である。
以上のことから、屋外で演奏される音楽と室内で演奏される音楽では、それぞれ演奏される空間的特徴を生かしながら発達してきたように思われる。そして、それぞれの空間で聴いている人々は明らかに音の聴き方が異なるはずであり、音に対する好みや音の文化に対する考え方が違うはずである。では、もともと屋外に開かれた開放的な建築空間で暮らしてきたわれわれ日本人はどちらに近いのであろうか。興味は尽きない。

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